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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8290号 判決

原告 加島木材株式会社

右訴訟代理人弁護士 中田長四郎

被告 堀切秀雄

同 株式会社坂巻商店

右両名訴訟代理人弁護士 中川久義

主文

一  被告堀切秀雄は原告に対し金二、〇七〇、二九七円およびこれに対する昭和四二年八月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告堀切秀雄が被告株式会社坂巻商店との間で、昭和四二年七月六日別紙目録記載の不動産についてした根抵当権設定契約ならびに代物弁済予約および同年一二月一六日頃なした金銭債務弁済は、原告と被告株式会社坂巻商店との関係において、金二、〇七〇、二九七円の限度でこれを取消す。

三、被告株式会社坂巻商店は原告に対し金二、〇七〇、二九七円およびこれに対する昭和四二年一二月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

四、訴訟費用は被告らの負担とする。

五、この判決は、第一項および第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

〈全部省略〉

理由

一、被告堀切秀雄に対する請求について

請求原因1の事実は当事者間に争がなく、右事実によれば、被告堀切は原告に対し賃金債務の返済として、二、〇七〇、二九七円とこれに対する弁済期の翌日である昭和四二年八月一九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二、被告会社に対する請求について

1. 原告会社代表者本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第四号証によれば、原告が請求原因1.記載のとおり訴外堀切商店および被告堀切に対し二、〇七〇、二九七円の賃金債権を有することが認められる。

2. 次に、被告堀切が被告会社との間で昭和四二年七月六日債権極度額七〇〇万円の担保として、被告堀切所有の本件不動産に根抵当権設定契約および代物弁済予約をなし、原告主張の各登記をしたこと、被告堀切が同年一二月一六日頃本件不動産を第三者に売却し、その代金のうち七〇〇万円を被告会社に支払い前記各登記を抹消したことは、当事者間に争がない。そして〈証拠〉によれば、右不動産は訴外丸山嘉子外一名に代金九三〇万円で売却されたことが認められる。

3. 被告堀切の被告会社に対する右担保権設定ならびに弁済の各行為が詐害行為にあたるかどうかについて考える。

〈証拠〉によれば、右担保権設定当時、訴外堀切商店は経理状態が悪く約一、三〇〇万円の債務を負担していて、ついに同年七月一八日不渡手形を出して倒産したこと、当時右会社の資産としては約一、〇〇〇万円の売掛債権を有していたが、大部分は取立の見込がなく、他に不動産等の資産はなかったこと、被告堀切個人としても、本件不動産以外に資産はなく、反面原告に対する本件二、〇七〇、二九七円の保証債務のほか、堀切商店の訴外株式会社て広商店に対する合計一、七九九、四六三円の手形債務に対する手形上の保証債務を負担していたことが認められる。

他方〈証拠〉を綜合すると、被告会社は昭和四〇年八月頃から堀切商店に木材を納入する取引を継続してきたこと、その代金の決済は堀切商店が受取った第三者振出の廻り手形を被告会社に譲渡する方法によっていたが、昭和四二年春頃から堀切商店振出の手形による決済方法に切り替えたこと、その頃被告会社の堀切商店に対する未決済の債権は約七〇〇万円に達していたことに加えて、当時被告堀切が堀切商店の資金繰りのため本件不動産に元本極度額二二〇万円の根抵当権を設定して金融業者高津産業株式会社から借入れていた二〇〇万円を同年六月二九日被告会社が代位弁済して、右根抵当権を抹消せしめたこと、このようなことから、被告会社は被告堀切に対し、被告会社の堀切商店に対する前記取引上の債権の担保として本件不動産を提供すべきことを要求し、被告堀切はこれに応じて本件根抵当権(元本極度額七〇〇万円)設定契約および代物弁済予約をなしたことが認められる。

以上認定の事実によれば、被告堀切の被告会社に対する本件不動産による担保提供当時における右不動産の価格はその約半年後に九三〇万円の対価で処分されていることに鑑み右処分価格を越えることはないものと推認されるのに対し、被告堀切の負担していた債務は、前記のように原告に約二〇〇万円、訴外て広商店に約一八〇万円の各保証債務、被告会社に二〇〇万円の代位弁済に基く求償債務の合計五八〇万円があったのである。かような状況のもとに、本件不動産につき被告堀切から被告会社に対しさらに七〇〇万円の既存債務の担保として抵当権その他の優先弁済権を設定するときは、原告その他の一般債権者に対する共同担保はそれだけ減少し、その残存担保価値は二三〇万円となり、前記一般債権の総額に満たないこととなる。これに加えて、本件不動産は被告堀切の唯一の不動産であり、主たる債務者堀切商店もみるべき資産を有していなかったのであるから、本件担保権設定により被告会社を除く他の債権者が従前より不利益な地位に立つ結果になることは明らかである。そして被告堀切が当時右のような事情を知っていたことは、前記認定の事実から容易に推認しうるところであるから、同被告の被告会社に対する本件担保権設定行為はいずれも詐害行為に当るものといわなければならない。

被告会社は、被告堀切の訴外高津産業に対する既存の抵当債務を代位弁済することにより弁済額に応ずる抵当権を取得したのであり、その移転登記に代えて設定登記をしたのであるから詐害行為にならないと主張するけれども、前認定のとおり被告の代位弁済の事実は認めうるとしても、本件根抵当権設定登記が代位弁済によるその移転登記に代えてなされたものであることを認めるに足りる証拠はない。かりに被告会社の主張するような趣旨で本件根抵当権設定がなされたものとしても、本件被担保債権七〇〇万円から代位弁済金二〇〇万円を控除した五〇〇万円の限度では詐害行為のそしりを免れないこと明らかである。

また被告会社は、当時本件担保権設定行為が他の債権者を害することは知らなかった旨主張するが、右主張に沿う〈証拠〉はたやすく信用しがたく、〈証拠〉によって認められる被告会社の代表者坂巻忠興は当時堀切商店の取締役をも兼任していた事実および前認定の被告会社は堀切商店の最も大口の債権者であった事実から考えると、むしろ本件行為は被告堀切と被告会社が気脈を通じてしたものと推測される。

ところで、被告堀切は、その後昭和四二年一二月に至り本件不動産を処分し、その代金から七〇〇万円を被告会社に支払い前記各登記を抹消したこと、すなわち右弁済は前記担保権に基く優先弁済としてなされたものであることは争がないところ、前記担保権設定行為が詐害行為として取消の対象となるものである以上、右担保権に基づいてなされた弁済行為も詐害行為として取消されるべきことはいうをまたない。けだし右弁済は担保権の実行すなわち抵当権の実行もしくは代物弁済予約完結権の行使による債権の満足手段と異なるところはないと考えられるからである。

4. 進んで被告の時効の抗弁につき判断する。

原告の被告会社に対する本訴提起が昭和四四年七月三一日であることは、記録上明らかである。ところで〈証拠〉を綜合すると、原告会社代表者加登谷敏雄は、堀切商店が倒産した後昭和四二年七月末頃開かれた二回目の債権者委員会の席上で本件抵当権設定等の事実を知ったこと、その席上で債権者委員長であった被告会社の専務取締役柏谷哲雄は、本件抵当権等は原告らを含む総債権者の債権を保全する趣旨で便宜上被告会社名義で設定したものである旨言明したこと、その頃被告堀切も加登谷に対し右と同様の弁明をしたこと、当時原告は原告代理人中田弁護士に債権保全のための法的措置を依頼していたが、被告らの前記弁明を信用して被告会社に対する詐害行為取消の訴の提起を見合わせたこと、同年一二月本件不動産が処分された後、その売得金が原告らに配分されなかったことから、始めて原告は被告らの前記弁明に不審を抱くようになったことを認めることができ、証人柏谷哲雄の供述中右認定に反する部分は信用しない。

右認定の事実によれば、原告は、日時は確定しがたいが本訴提起のほぼ二年以前である昭和四二年七月末頃被告両名間の本件根抵当権設定契約ならびに代物弁済予約の事実を知り、かつそれが他の債権者を害すべきものであるとの疑念を一旦は抱いたものの、前記のような被告らの弁明により、右担保権設定行為が詐害行為にあたらないと信ずるに至ったものであり、かような場合はいまだ詐害行為取消の原因を覚知したものということはできない。よって被告の右抗弁は採用できない。

三、以上のとおりであるから、被告堀切と被告会社間の本件根抵当権設定契約および代物弁済予約ならびに弁済行為は原告の債権額二、〇七〇、二九七円の限度において詐害行為として取消されるべきものであり、被告会社は原告に対し右取消に基く原状回復として右金額とこれに対する右弁済行為のなされた翌日である昭和四二年一二月一七日以降民法所定の年五分の割合による利息を支払うべき義務があるから、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺忠之)

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